Statement

作品を見る人が、自分のいのちを実感して、生まれて来たことを素晴らしいと思えるような表現、作品を見た人がいつか死ぬ瞬間に、見たことを思い出すような表現を理想としています。その果てしなく遠い目標に向かって日々精進しています。

私は14歳の時から「存在」の不思議さについて、考えてきました。そして《葉っぱ》を作っていた時には「存在」のリアリティーをもとに、いのちとは何か?を捉えようとしました。それは、いのちを死と相対的に考える事によって、その本質を掴むことでした。死は人間にとって感覚の欠如なので実感することは出来ませんが、物質の「存在」をはっきりと実感することによって、感覚自体に確かに気付くことが出来ます。《葉っぱ》が完成してからは、このリアリティーを基に、物質の「存在」を、場所、宇宙の観点から、そしていのちを性の観点から探求してきました。この探求は《花咲く星に》として結実しています。

いのちを慈しむことによって、人類は長期に地球で生活を続けることが出来ます。私は人間と自然が調和している作品を美しいと感じます。例えば陶淵明の《桃花源記》は私が最も理想とするものです。様々な文明や民族の美術を比較する中で、この数十年の現代美術の、視覚的な美しさとは無関係なコンセプト重視の傾向を、人類の美術史における空白の時代であると解釈し、美しさとコンセプトが共存した作品を心がけるようになりました。現代社会が自然と調和するための新しいコンセプトを提案して、今までにない普遍的な美しさを追求しています。人間が自然に対して謙虚であることを大切にして、いのちの在り方を探っています。